12月28日(日)6時03分
昨日の「どよう楽市」は、
山田パンダさんと紙ふうせんの2人を迎えて、
ライブ演奏を柱にした特別プログラムだったので、
すぐ横で生演奏を聴けるという役得のもと、
至福の時を過ごすことが出来た。
山田パンダさんとは、
「三十数年前に、残間さんが「女性自身」のグラビア担当記者をしていた時に、
自宅の庭で家族写真を撮影した時が初めての出会いだったのよね」
と、当時帽子デザイナーで、
現在はパンダさんのオフィスの代表を務めている妻の慧津子さんが、
NHKのスタッフに言うのを聞きながら、
過日の「38年ぶりの再会」同様、
忘れかけていた過去が鮮やかに蘇った。
「残間さんは、大きなビニールプールや水遊びグッズを持って来て、
完璧なセッティングをしてくれてね。
いゃぁ~、今でもあの場面は鮮明に覚えているよ」と、
パンダさんが言えば、
「女の人でこんな働き方をする人がいるんだって、私も驚いたのよ」
と、慧津子さんからも過分なお言葉。
私が覚えているのは、
グラビア頁になったパンダさんの家族写真だけ。
果たしてそんなにしっかり働いていたかどうか、
記憶にはないし自信もないのだが、
一年を締めくくるというこの時、こんな風に言って貰えると、
「自分の原点」をみつめるにはいいキッカケで、
新年に向けて、気持ちを引き締めることが出来た。
午後4時からは、
今はNYで働いている友人がお正月休みで帰国したので、
少し前に新築した彼の家を、
時々家族連れで食事会を開いている仲間たち7人で訪問した。
「仲間たち」には林真理子さん一家もいて、
1年ぶりに会った娘さんの背がすっと伸びて、
表情も大人っぽくなっているのには驚いた。
娘さんはとても利発な子供で、
林さんの一言一句を、
聞いていないようなそぶりを見せながら、
しっかり心に留め置いているようだった。
林さんもいい距離感で娘さんを見ており、
息子しかいない私からすると、
母親にとって娘という存在は、
緊張感の源泉になり得るかも知れないと思った。
友人宅を早めに辞して、
夕方7時から「どよう楽市」の忘年会に行った。
前日が私の会社の忘年会だったので、
連夜の宴会だ。
我が社の忘年会が焼き肉屋さんで、
夕べのNHKの面々とは九州料理の居酒屋。
若い人の本音や素顔を垣間見することが出来て、
楽しい。
我が社の忘年会には、
今年から業務提携をしている「オフィス萬田」(萬田久子さんの事務所)
のスタッフ2名も加わって、例年にない賑やかさだった。
私の会社は「経営」などとは言えないくらいのささやかな規模だが、
創社して28年、スタッフには恵まれている。
今年の暮れも以前私のアシスタントをしていてくれた女性が、
この10月に起業したと言って挨拶に来てくれたし、
少し前まで制作スタッフでいてくれた女性は、
二児の母になって沖縄に住んでいるのだが、
時折メールで近況を報告してくれるし、
先日のキックオフイベントにもOB・OGが手伝いに来てくれた。
会社の忘年会の席で締めの挨拶をしながら、
「老害」には気をつけなければならないが,
もうしばらくは彼らの力を借りて「私も全力で走らねば」と、
改めて覚悟を決めたのだった。

































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