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100年後も残る映画を作りたい。 1/3

松井久子さん(映画監督/脚本家/プロデューサー)

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介護、家族などの問題を映画で扱ってきた松井久子さん。最新作の『何を怖れる』で描いたのは、70年代に女性の解放を目指して声をあげた女性たち。ありのままの自分を生きるため、波乱万丈な人生を歩んできた彼女たちの姿を、松井さんはまっすぐに見つめていました。(残間)
(聞き手/残間里江子  撮影/岡戸雅樹  構成/髙橋和昭 大垣さえ)


vol.1 時代に身を投じた女性たちを描く


残間
最新作の『何を怖れる』、2回観ました。
フェミニストの女性たち14人へのロングインタビューをまとめたドキュメンタリー映画ですが、考えさせられるところが多かったです。

それにしても、私はwillbeメンバーからのメールで、初めてこの映画の完成を知りました。
松井さんからお報せいただけなかったのは、フェミニズムがテーマの作品だったからですか?

松井
何故だったんでしょうね、なんとなく残間さんにはいつものように報告できなかった。
『レオニー』の時にお世話になった方々にも、最初は誰にも言いませんでした。
試写会を開いたときに、フェミニズムの関係者ではないごく普通の女性がたくさん観に来てくださって。ああ、これならみんなに言っていいのかしら、みたいに思ったんですよね。

残間
私にも言いにくかったとおっしゃいましたが、たしかに “フェミニズム”という題材は、万人に歓迎されるテーマではないですね。

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インタビュー内での「フェミニズム」は、おもに1970年代に「ウーマンリブ」(リブ)という概念とともにおこった日本での運動のことを指しています。くわしくはこちらのページをご覧ください。
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松井
ええ。私はこれまで、高齢者介護、家族といったテーマで映画を撮影してきました。
そういうイメージがありましたから、フェミニズムというテーマで映画を撮るにあたって、実際に「今回は応援したくない」とおっしゃる方もいました。もちろん、変わらず応援して下さる方も多くいらっしゃいましたけれど。

ただ私もこの映画を撮る前は、フェミニストの方ってちょっと苦手と思っていましたから(笑)。

残間
私も、フェミニズムやウーマンリブという言葉は常に視野には入っていましたが、敬遠していました。
時たま上野千鶴子(※)さんとお話をしたり手紙のやりとりをしてもいますから、論理としてはわからないでもないのですが……
何となく警戒するというか、自分の生き方とは少し違うかな、と思っていました。

上野さんは、私がフェミニズムに与するタイプの人間だろうと思っていたかもしれませんが。

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※上野 千鶴子(うえのちづこ)/『何を怖れる〜フェミニズムを生きた女たち』出演者 1948年生まれ。社会学者・立命館大学特別招聘教授・東京大学名誉教授・認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長。代表作は『おひとりさまの老後』など。
フェミニズムを学問のテーマとし多くの論文や著作を発表することで、フェミニズムの思想を世に広めた。
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松井
私もそんな風に思えます。残間さんがフェミニストにならないというのは不思議。

上野さんが「フェミニストには私怨派と構造派の2派が存在する」とおっしゃっています。
私怨派というのは、レイプや家庭での激しい抑圧など、成育歴によって女としての自分に生き辛さを抱えてきた人。
もう一つの構造派というのは「女はこういう風に生きていくべき、こういう生き方が女の幸せ」っていう不文律の構造が社会にはありますよね。これに従って生きてみたけれども、上手くいかなかった人たち。
ほぼ、このどちらかなんですって。

残間さんは “構造派”として活動なさってもおかしくないようにも感じます。

残間
私自身は、母が労働組合の活動家だったことが、フェミニズムもですが、全共闘運動などさまざまな“活動”を遠ざける要因になっていたように思います。

母が私の貯金箱のお金まで持ち出して活動しているのは、自分を貫いているという点で尊敬はしていましたが、その影響をストレートに受けるのは家族だとも思っていました。だから複雑な気持ちでしたね。

貧しかったから活動をしているのか、活動をしているから貧しくなったのか、わからないなって。
「お母さん、あなたはいいわよ。だけど、給食費が払えなくて、納入日に学校でオドオドしている娘の気持ち、わかってやっているの?」と思っていましたね。

松井
そうだったんですか。
私は、そもそも女に生まれた不幸を感じたことがなかったんです。ウーマンリブ活動がさかんだった当時は20代半ば、フリーライターをしていた頃でしたが、活動に対して冷ややかな態度でした。
男の作った社会の中でうまくやっていけていたんですよ。

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残間
この世代で仕事を続けていると、「女に生まれて損だったか、得だったか」という質問、受けることってありませんか?

松井
ありますね。私はいつも「得だった」って答えます(笑)。

残間
私もそうです(笑)。
「男もすなる仕事といふものを、女もしてみむとてするなり」っていう感じ。
かといって、男と張り合ったり、戦ったりするというわけでもなく。男たちの作った枠組みの中にいて、女の私はものの数にも数えられていなかったので、わざわざ男を敵に回さなくてもな、と思っていました。

松井
そうそう。それって、男に都合のいい考えをするように誘導されていたとか、男に媚びていたとか、そういうことではないんですよね。
若い頃の私は、社会構造がよく見えていなくて、ただ自分が働いて生きることに必死だったということもあるのかもしれませんが。

残間
でも今回の映画は、松井さんがフェミニストではない女性だったからこそ撮れたのだろうな、と思いながら観ていました。
男性でもフェミニストでもないニュートラルな目線で撮っていますよね。

松井
そうですね。もちろん映画監督としてはいつも「女の生き方」にフォーカスしていますから、フェミニズムの思想そのものよりも、彼女たち14人それぞれの人生を知りたいという気持ちでインタビューをしていました。

残間
常に冷静なまなざしで彼女たちを見ていますよね。忌憚なく、かつ力まずにというか。だけど彼女たちのことは理解して、受け入れているでしょう。

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松井
自然に受け入れられたというのが、老いるということの素敵さなんですよ。
これが10年前で私が50代だったら、インタビューをしたとしてもある種の警戒心があったと思います。

彼女たちも素敵でした。私はまったくの門外漢ですから、「フェミニストのことを知らないくせに」と言われてもおかしくありません。なのに、とても真摯に受け答えをしてくださったんです。

残間
そんな松井さんが、どうしてフェミニズム映画を撮ったのか、そのきっかけについて詳しく伺いたいです。
(つづく)




vol.1 時代に身を投じた女性たちを描く

vol.2 フェミニズムは「自由」を求める思想

vol.3 女だけに見えた、「ほんとうの全共闘時代」





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