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メガネをかけ替えると、新しい世界が見えてきます。 1/3

井関利明さん(知の放浪者/慶應義塾大学名誉教授)

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マーケティング研究に軸を置きながら、様々な領域を自由に行き来する “知の放浪者”。井関利明さんの示唆するものの見方、考え方、つまり“新しいメガネ”(認識論)から見る世界は、いつだって新鮮です。硬直しがちな私の頭を、やさしく和らげてくれるのです。(残間)
(聞き手/残間里江子  撮影/岡戸雅樹 構成/髙橋和昭)
vol.1 日本の“優れたものづくり”の落とし穴


残間
井関さんといえば、私は初めてお会いした時に聞いた、瓶ビールと缶ビールの話を今でも思い出します。瓶ビールが缶ビールに変わって、酒席での学生と教授の関係が変わったというもの。缶だとお酌をしなくなりますから。
モノが変わることで関係性が変わる。あるいは関係性が変わっていくことでモノが変わる。当時からいろんなことやキーワードをおっしゃってましたが、「言われてみれば、そうだ」ということばかりで。


井関
それは残間さんだから。いろいろ投げかけてくださるので、こちらも言葉が出てくるんですよ。

残間
井関さんは、昨年の末に山田眞次郎さんとの対談『思考〜日本企業再生のためのビジネス認識論』という本をお出しになっていますが、これがたいへん面白かったです。
“失われた20年”への分析とその対策といった内容ですが、日本でイノベーションが生まれにくい理由などは、なるほどと思いました。


井関
ありがとうございます。

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残間
対談相手の山田さんは工学博士でもあり、小渕恵三首相の時には“ものづくり懇談会”のメンバーでもありました。
山田さんは日本のものづくりの特徴・長所として、「メティキュラス=細部へのこだわり」と「コンフォート=快適さ、安心感」を上げるのですが、井関さんがそれに疑問を提示することでこの本は始まります。それはイノベーションという視点から見れば、むしろ制約だと。

井関
日本が80年代までに世界一となった産業のほとんどが、第2次世界大戦前にアメリカで基礎技術が確立されたものです。日本はそれを高度に洗練させてきました。
一方でアメリカはモノづくりから航空・宇宙開発、情報、金融、サービスへと産業の軸をシフトしてきたわけです。もっとも、今また一周して、違った形で製造業に戻りつつありますけどね。

山田さんが指摘したメティキュラスですが、この言葉にはネガティブな意味もあります。こだわりすぎて、ケチケチしていて、チマチマ。そもそも内向的でポジティブじゃない態度を指すことが多いです。
とくに、この内向的なことが問題です。与えられたものにチマチマとこだわっていて、大きく突破し展開するようなイノベーションやブレークスルーとは縁遠い。日本がやってきたモノづくりというのは、「決められた範囲内での洗練」なのです。

残間
それを支えていたのは、「よいモノを造れば売れるんだ」という信仰のようなもの?

井関
ええ。モノが無い時代には、それで良かったんでしょうけど。
イノベーションの前提は、多様性と不満、そして対立です。組織全体がひとつの価値観に向かって内向していては、新しいものは生まれませんね。

残間
似た話で、「全社一丸となる」ことの危険性というのも本の中に出てきました。経営者はみんな好きそうですけど。「全社一丸となって乗り切ろう!」とか言いますし。

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井関
スポーツチームや、中小企業ならまだしも、大企業で“全社一丸”はありえないですね。
異質なものの組み合わせから何か新しいが生まれるのに、全社一丸というのは、みんなが同質になることを含意しています。多様性の回避と異質なものの排除、個性の喪失です。同質なところでは対話も議論もありません。組織に多様性を確保することは、大きな組織には重要なテーマとなるはずです。

残間
経営者の根っこのところに異端を嫌う心理があるんでしょうね。でも高度成長時代の頃は、その“一丸”が良かったのでは。

井関
それはそうです。しかし成熟段階に達し、コンテクストが変われば、違った価値や意味が強調されたり、評価測定されたりするということが、なかなか理解されませんね。まだまだ物的増大と成長中心主義です。

残間
多様性ということで言うと、「選択と集中」の話もありました。これも産業界では流行りました。

井関
たいへん危険な話です。資源の効率化を狙って従来からの特定製品や事業に集中する。でもそれでは社会と需要が大きく変わった時にどうするのでしょうか。

そもそもは20世紀後半最高の経営者と言われたJ.ウェルチが言い始めたものですが、日本では少し誤解されていると思います。
彼が経営者だったGE(General Electric Company)は、かつてはアメリカ最大の家電メーカーでもありましたが、家電からは撤退し、今ではジェット・エンジンや原子力発電、インフラ構築、ファイナンスなどが主力です。
「選択と集中」と言いだしたウェルチの真意は、現在の主力事業に「集中」することではなく、現在から未来にかけての可能な選択肢を考慮して、その中から「選択」し、未来に「集中」することでした。

社内の異質なもの(不採算部門)を排除するだけの「集中」では、新しい可能性を見失わせることになってしまいます。だから、未来の可能性として、異質なものを内部に囲っている、というのが大事なんです。つまりいつも多様性を保ち、新しい組み合わせを創造すること。

残間
家電メーカーでも明暗が分かれてますよね。重工産業を抱えている東芝や日立と、ソニーやパナソニックとの違いは、持っていた可能性、選択肢の数の違いだったんですね。
本にも書かれていますが、「自らを肯定した瞬間から進化は止まる」というのは言い得てますね。

この『思考〜日本企業再生のためのビジネス認識論』には、他にもいろんなキーワードが詰まっていて、経営論、組織論としてもたいへん面白かったです。






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