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高みを目指す志が、ドラマを生み出す。 1/3

井上篤夫さん(作家)

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孫正義やマリリン・モンローなどの評伝で知られる作家の井上篤夫さん。しかし必ずしもサクセスストーリーに興味があるわけではありません。「ボトムにいた人が上を目指して苦悩し、もがく様に魅かれるんです」井上さんの取材対象に向ける眼差しに、とても温かいものを感じました。(残間)
(聞き手/残間里江子  撮影/岡戸雅樹 構成/髙橋和昭)


vol.1 取材対象との距離感を大切にする


残間
今日はよろしくお願いします。
と言っても、私たち、もう知り合って40年ですよね。お互い『女性自身』のフリーの特派記者として、一緒にずいぶん徹夜もしました。私がまだ20代前半の頃からのつきあいですね。

井上
ええ。それでまたこうやって、現役で仕事をしている者同士として会えるのが、すごく嬉しいです。

残間
あの頃の『女性自身』って、いろんな人が行き来してましたよね。草柳大蔵さん、山際淳司さん、今は芸能評論をしている前田忠明さん等々。
わけのわからない人も多かったですが、とにかく面白い人がいました。でも、ほとんどの人が亡くなったり、いなくなってしまいましたね。

私にとって、5年半の『女性自身』で培われたものは大きかったです。鬼デスクがいて、原稿や企画を出しても出しても、クシャクシャポイ。

井上
(笑)育てられましたよね。
僕らライターと編集者との間に、いい意味でのバトルがありました。
残間さんの新刊『閉じる幸せ』読みましたけど、ここでも、いい距離感にいる編集者の存在を感じましたよ。

残間
(笑)確かに、ずいぶん原稿を没にされました。
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井上
読んでみて思ったんですが、「閉じる」って、ネイティヴ・アメリカンの言う<a little death>に似てるんですよね。

残間
そういう考え方があるんですか?

井上
ええ。<a little death>というのは、「ちょっとした死」「小さな死」ということ。人間は小さな死を繰り返しながら、生きている。
残間さんが言う「閉じる」って、終わりではないですよね? 一回死ぬことによって次につながっていく。ネイティヴ・アメリカンには、日本人にも似た自然観があるんですよ。
そんなことを思いながら、楽しく読ませていただきました。

残間
「小さな死」ですか。確かに。

さて、井上さんと言えば、ソフトバンク社長の孫正義さんの評伝、『志高く 孫正義正伝』が代表作とも言えるんですが、孫さんについて少しお聞きしましょうか。

井上
おかげさまで書籍・文庫累計10万部、電子版は5万ダウンロードになりました。
最初に彼に会ったのが1987年ですから、もう28年追っかけてますね。こうなったら孫さんが引退する(60代で引退と公言)まで見届けなきゃと思ってるんですが、僕の方が10歳年上なんで、長生きしないと(笑)。

残間
最初に会った時、こんなに大物になると思いました?

井上
大物になるならないというより、単純に面白い人だったんですよ。彼の話は面白かった。当時からナンバー1になると言っていましたね。

80年代、僕はマイクロソフトのビル・ゲイツやCNNの創業者のテッド・ターナーを取材していました。それで次は、日本の彼らにあたるような人物を取材しようと思ったんですね。
当時、ITやメディアの世界には他にも候補はいたんですが、会ってみたら孫さんと一番気が合ったんです。それだけの理由です。僕は預言者じゃありませんよ。
僕は嫌いな人については、書けないんですね。単純なんで、こっちがもたない。

残間
井上さんの場合は、「実像を赤裸々にえぐりり出す」という感じじゃありませんしね。人生を描くというより、孫さんの夢を描写するというか。

井上
孫さんを描いているんですが、これは“井上篤夫著”ですから、僕自身の思いの投影でもありますからね。そこが交わっていかない人は難しいです。
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残間
ところで、生きている人の評伝というのは、書きづらいものなんじゃないですか。それも何度も会って、インタビューをしている人のことは。

井上
でしょうね。その辺の取材対象との距離の取り方というのは、僕も意識しています。こういう場合は、作家は取材対象とご飯を食べてはダメなんですよ。
実際、彼とは28年のつきあいですが、一度もご飯を食べたことがありません。僕も一度も取材謝礼を払ったことはないですし。せいぜいお土産にどら焼きを買って行ったぐらいですね。

残間
どら焼きお好きなんですか?

井上
(笑)そうみたいです。
で、夫婦二人で営んでいる和菓子屋があるんですが、そこのどら焼きを持ってくと、すごく喜んでくれるんですよ。彼のそういうところが僕は好きですね。

残間
逆に孫さんも、今度、自分の晴れがましいイベントがあるんで、飛行機代も謝礼も払うから、来てカッコ良く書いてくれ、という類いの依頼もしないわけですね。

井上
一回もありませんね。そこは孫さんも意識してるんでしょうし、有り難いことだと思っています。

とにかく、僕は孫さんの言葉を拾うだけです。事実のみを書くというスタンス。僕の勝手な憶測は極力入れない。ある意味、新しいバイオグラフィーの作り方かもしれません。

残間
執筆の許諾というのはどうなっているんですか。

井上
そんなものは取ったことはないです。書きたいんで取材させてくださいと、お願いするだけ。それで取材する。
事前に原稿を見せたこともないですし、事実の間違いがあったら直すので教えてくれと言っていますが、一度も指摘されたことはありません。

残間
長い期間、1人の人物、それも成功した人を追っていくと、どうしても「御用作家」みたいになりがちなんですが、そこを踏みとどまると。

井上
僕が孫さんより10歳上なことも大きいかもしれません。孫さんは僕を「井上さん」と呼ぶしかないですから。「井上君」とは呼べない(笑)。
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残間
作品では孫さんへの取材だけでなく、周辺の関係者にも話を聞いています。そのせいでしょうか。この本の序文には「ここには、私も知らない『孫正義』がいる」という、孫さん自身の言葉があります。

井上
当然、孫さんはこれまでいろんな人に、いろんなことを言っているわけです。だけど、言った側は何を言ったか忘れていることが多いんですね。覚えていても曖昧だったりする。
ところが、言われた側はよく覚えているんです。「あの時、孫さんにこう言われた」と。しかもたいてい正確です。孫さんが自分が知らない「孫正義」がいると思ったのは、そのせいかもしれません。

残間
そうそう。私も久しぶりに会った人に、あの時、残間さんにこれこれと言われて、仕事変えましたとか、言われることがあります。
私の方は、そんな事言ったっけ? ということが多いんですが。

井上
でしょう! 言われた側、周辺の取材って、とても重要なんです。だから何度もアメリカや韓国に行きましたよ。

自分を客観的に見られるからか、今でも孫さんは僕の本を時おり読み返すそうです。嬉しいことです。
(つづく)


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vol.1 取材対象との距離感を大切にする

vol.2 孫正義は技術と消費者をつなぐ

vol.3 魅かれるのは、ボトムから這い上がろうとする人





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