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裁判から見えてくる、時代と社会の移り変わり。 1/5

淡谷まり子さん(弁護士)

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1972年から弁護士として第一線で活躍し、ロッキード事件では非難をものともせずに田中角栄の弁護団の一員をつとめた淡谷まり子さん。法曹界や日本の社会全体を、冷静に見つめ続けてきました。そして今、人生の新しいステージに立とうとしている淡谷さんに去来するものとは。(残間)
(聞き手/残間里江子  撮影/岡戸雅樹  構成/高橋和昭 大垣さえ)


vol.1 法科大学院は失敗だった〜法曹界の今


残間
今日はよろしくお願いします。

淡谷さんは1972年から弁護士としてのキャリアをスタートされています。70年代というと、男性と同じように働く女性はまだまだ少なかったですよね。淡谷さんはそんな時代を経て、現在も弁護士として活躍なさっています。
当初は女性弁護士も少なかったと思いますが、現在はどれくらいの数になっているんでしょう。全体の半分くらいにはなりましたか?

淡谷
まだ、そこまではいきませんね。今は弁護士全体の数が3万5千人ほどなんですが、そのうち女性は15%くらいでしょうか。私が弁護士になったころは250~260人ぐらいだったんですよ。

残間
40年で10倍以上。それでも大変な増加ですね。

淡谷
今は大体、年に2千人が司法試験に合格します。その25%、つまり500人くらいが女性なんですね。合格者のうち弁護士になるのは7割程度と考えると、毎年350人くらいの女性が弁護士になっています。
私が弁護士になったころの女性弁護士全体の数よりも、毎年増えているんですよ。

残間
昔は法曹界も男社会でしたでしょうから、いろいろと気を遣う所もあったのではないですか。

淡谷
そうですね。たとえばお茶汲み一つとってみてもそうです。
昔は何かの事件の弁護団会議でお茶を飲みたくなっても、自分では絶対に淹れませんでした。その場にいる男性弁護士から、お茶は女が淹れるものだと思われたらたまりませんから。

残間
セクハラ事件など、働く女性のために弁護を行うとき、当の弁護士が男に尽くす働き方をしていては、話になりませんものね。

淡谷
だけど今は、男女差もなくなってきましたね。
私がお茶を淹れようと思って立ち上がると、若い男の弁護士が慌てて「僕が淹れます」と走ってくる。(笑)

残間
弁護士業界も変わってきているんですね。

淡谷
お茶汲みは、私がベテランになったからでもありますけれど、若手の気風は明らかに変わってきました。
若い男の弁護士で結婚している人は、育児や家事にも積極的ですし、休日に行われる弁護団会議に、『今日はカミさんが用事があるから』といって子どもを連れてきて、上手に遊ばせながら会議に参加していた男性弁護士もいました。

女性弁護士も、ことさら「女性である」という意識を前面に出さず、就職の選択肢のひとつとして弁護士を選んでいる人も多いようです。
それは良いことなんですが、昔を知る私にすれば、もうちょっと女性が弁護士として活動する意味を考えてもいいんじゃないの? と思わなくもないです。(笑)

残間
弁護士業界の変化ということで言えば、司法試験制度が変わりましたね。ニュースでは法科大学院(ロースクール)が立ち行かなくなったという記事を目にします。

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淡谷
ロースクール制度ですか。あの制度、私は大失敗だったと思います。

残間
やっぱり、そうなんですか。
ロースクール制度って、そもそもどういうものなんですか?

淡谷
遡っていくと、法科大学院の歴史はバブルの頃まで遡ることになります。今から30年近く前ですね。

そのころ、弁護士の年間合格者数は500人ぐらいでした。昭和30年ころから80年代後半までは、司法試験の合格者はずっとその位だったんです。
ところがバブルが始まるころから、若い弁護士を増やせという声が強くなりました。理由の一つは、弁護士の需要が増えるだろうということ、もうひとつは、司法試験があまりにも狭き門だと、優秀な人材が法曹を敬遠して、銀行や民間企業に行ってしまうという危機感です。

残間
その頃は、今より弁護士試験が難しかったんでしょうか?

淡谷
そうですね。受かるのに5~6年かかるのが普通でしたから。

残間
大学を卒業してからのチャレンジだと、合格が27、8歳ですか。

淡谷
そう。それから2年間の司法修習をすると30歳位になります。ですから、若い人が受験に尻込みしてしまうんですね。

それで、まず合格者数を少し増やすと同時に、下駄を履かせてでも若手の合格者数を増やそうとしたんです。25歳以下で受験回数が3回以内の人に、一定の優先枠をつくったりして。

その結果、成績の順序でいうと600番台の年齢の高い受験者が不合格なのに、1300番台の若者が合格する、という事態になりました。もちろん、弁護士会はこのような制度に反対しましたが、法務省と最高裁がが押し切ったのです。

残間
すごい下駄の履かせ方。

淡谷
これ、「法の下の平等」という言葉からは大きく逸れていますよね。

残間
(笑)確かに。

淡谷
下駄を履かせるのが良くないのは、法律家ならだれでもわかっている。だけど若手を増やしたい気持ちもある。
この葛藤を解決するためには、合格者の数を決定的に増やすしかないというので、法科大学院が生まれました。2004年のことです。

残間
具体的には、どういう解決策がとられたんですか?

淡谷
法科大学院を終了した人に司法試験の受験資格を与えると同時に、合格率を70〜80パーセントにするというのが当初の触れ込みでした。そのため、既に一般企業に就職していたのに、そこをやめて法科大学院に入学した人が、最初はかなりいました。

残間
仕事をしながら勉強するか、働かずに司法試験浪人をするかの選択を迫られるより、気分的には楽ですね。
大学院在学中も、もちろん教員が指導を行うんですよね。

淡谷
もちろんです。アメリカのロースクール制度を参考にカリキュラムが作成され、法律研究だけでなく実務のトレーニングも行うことになりました。法律に対する深い知識と、実務的な能力を兼ね備えた法律家の卵を養成することが目標だったのです。

残間
法科大学院のことをロースクールと呼ぶのは、アメリカを参考にしているからなんですね。

ところで、司法試験の受験資格が得られるというお話でしたが、法科大学院を卒業しても、そのまま弁護士になれるわけではないんですね。卒業後に司法試験を受ける必要がある。

淡谷
そうです。法科大学院に行かない場合は、まず司法試験の受験資格を得るための「予備試験」に合格しなければなりません。法科大学院に行けば、それが免除されるんです。

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残間
聞いていると、法科大学院はメリットばかりのように思えますが……。

淡谷
計画上はですね、ただ現実にフタをあけてみると、上手くいきませんでした。

まず、もともとの構想では、法科大学院は、全国で20校程度を想定していました。9つある旧帝大と、それから、早稲田や慶応、中央のような、司法試験合格者を多数出していた伝統的な私大をあわせて20校くらいということで。
この20校の定員が150人から200人ぐらいだとすると、卒業者が3千人から4千人になるでしょう? 司法試験の最終的な合格者の数は、3千人ぐらいが目標とされていたので、これならば合格率は8割くらい行くと。

残間
ほぼ全員受かる勘定ですね。

淡谷
そうです。
ところが考えてみれば当然なんですが、フタをあけてみると、それ以外の大学も法科大学院に名乗りを上げたわけです。よそがやっているのに、自分の大学にはないというのは、大学のメンツに関わりますからね。
それで結果的に、全国で70以上の法科大学院が出来上がってしまったんです。

残間
表面だけを見れば、大学院を設置さえすれば司法試験合格者を出せそうなんですからね。作りたくなる気持ちはわかります。

淡谷
先ほどアメリカのロースクール制度を踏襲した、という話をしましたよね。ということは、教員はロースクール方式の法学教育について理解していないといけません。
ところが、70も学校が出来ると、まずそれを理解した教員の確保も難しいのが実情でした。だけど法科大学院に行きさえすれば、弁護士になれるそうだというので、法学部を卒業した人だけでなく、全く畑違いの勉強をした人や社会人も、法科大学院に押し寄せたんです。

司法試験の合格者を増やす理由の一つとして、色々な経験をした人に法曹界に入ってきてもらいたいということがあったので、そのこと自体は悪い事ではないんですが・・・。

残間
教員は試行錯誤。生徒数はものすごく多い。となると……

淡谷
いざ法科大学院の卒業生が出て、司法試験をやってみたら、合格レベルに達する受験生が、かなり少なかった。
それから、司法試験に合格して司法修習生になっても、その卒業試験で百人単位の落第が出る、という事態になりました。これではとても卒業させられないという答案が、続々と出てきたり、内容以前に文章がおかしいとかね。

ある程度の質は維持しなければいけませんから、結局、司法試験の合格率も、20~25%程度になってしまいました。

残間
法科大学院を卒業すると、司法試験を受験できる回数に制限が生まれるんですよね?

淡谷
法科大学院を卒業して5年以内に3回しか受けられない、という制限があります。ということは、3回で合格できなければ全てが無駄になってしまう、ということです。年月と、体力と、お金が。

残間
卒業すれば司法書士になれるとか、会社の法務に入りやすくなるとか、そういうことはないんですか?

淡谷
ありませんね。就職に有利になることはないんです。
だって、3回もやって受からなかった人を雇いたいと思いますか?

残間
そうなんですか。
実は私の知人にも、試験に3回落ちて、就職も出来なかった、という人がいました。
受かるかどうかもわからない上に、落ちたら20代後半。しかも無資格の無職として社会に放り出されるのはつらいですよね。

淡谷
そういう方もいらっしゃいますよね。
だけどすごく変なのですが、3回落ちても、別の法科大学院に入り直して、卒業すれば受け直せます。5年以内に3回というのが、新規まき直しで、またできるのです。

残間
(笑)そんなに受けても駄目なら、入り直したって一生駄目なんじゃ……。

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淡谷
(笑)まぁそうですね。
こうなってしまうと、やっぱり若い人は二の足を踏むでしょう。結果的に、当初は多くの人が集まった法科大学院ですが、今はまったく人が集まりません。

残間
定員割れしている法科大学院もあるそうですね。

淡谷
質のいい若い人をたくさん取りたいと考えたのに、人も集まらない、質も悪いではどうしようもないですよね。

残間
そうは言っても、今、弁護士になりたいと思ったら、法科大学院に行くしかないんでしょうか?

淡谷
いいえ、先ほど話にも出たように、「予備試験」という試験に合格すれば、司法試験を受けることができますよ。もともとこの試験は、法科大学院を作るとき、金銭的な事情などで法科大学院に通えない人の救済措置として作られたものなんですけどね。

残間
イメージでいうと「大学入学資格検定」に近いでしょうか。

淡谷
そうですね。
予備試験は誰でも受けることができます。法科大学院に通いながら、腕試しのために受験する人もいますしね。

ついでに言うと、法科大学院卒業者よりも予備試験合格者のほうが、司法試験の合格率はずっと高いんです。予備試験組のほうが優秀。
だから法律事務所の採用では予備試験合格者を取る、という話まで出ています。

残間
そうすると、法科大学院は将来的になくなるんでしょうか?

淡谷
どうなんでしょうね。国の制度として一度作ったものは、取りやめにしづらいですから。

残間
弁護士になるのは、やっぱり今も昔も大変なんですね。
(続く)






vol.1 法科大学院は失敗だった〜法曹界の今

vol.2 裁判員裁判制度の功罪

vol.3 年収200万〜弁護士はつらいよ?

vol.4 社会主義という「空想」の崩壊

vol.5 仲間たちとの新しい関係





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