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スポーツで日本を変える、世界を変える 1/4

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80年代、テニスブームに沸く日本で幾多のタイトルを勝ち取り、トッププレーヤーとして君臨した福井烈(つよし)さん。現在はテニス協会やJOCの役員として活躍中です。「スポーツの素晴らしさを伝えたい」、その情熱はテニスだけでなく、今や日本のスポーツ界全体に向けられています。(残間)
福井烈さんのプロフィールはこちら
(聞き手/残間里江子 撮影/岡戸雅樹 構成/髙橋和昭)


vol.1 勝つには世界を「日常」にすること


残間
最近、あるインタビューで知ったんですが、オリンピックで日本初のメダルはテニスだったそうですね。

福井
今日、是非それを言いたかったんですよ。2020年から数えるとちょうど100年前、1920年のアントワープ(ベルギー)大会です。熊谷一弥さんがシングルとダブルスの両方で銀メダルを取りました。
これまでは、1928年のアムステルダム大会の織田幹雄さんの三段跳びだと思ってらっしゃる方が多かったんですが、それは日本初の金メダルだったんです。しかし日本初のメダルはテニスなんです。

これ、あまり知られていなかったんですが、錦織圭がそのことをマスコミの方に言ってくれたんですよ。我々が発信してもあまり広がらないんですが、彼が言ってくれて、あっという間に広がりました。
私たちテニス協会では、初のメダルから100年後の2020年東京大会で、絶対にメダルを取るんだと方針を立てていたんです。でも錦織が96年目のリオ大会で、銅メダルを取ってくれました。

残間
今、日本のテニス界はたいへん盛り上がっていますね。他の選手も頑張っているし、新しい人も出て来ているようですが、錦織さんみたいなスーパースターが出ると、こんなにも違うものですかね。
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福井
そうですね。もちろん「強化」という部分でもそうなんですが、「普及」という面でも大きいです。
テニス協会が「テニス楽しいですよ」「スポンジボールから始めてみませんか」と一生懸命呼びかけても、なかなか爆発的には広がりません。それが錦織圭が活躍したら、ものすごい勢いになりました。
おかげさまで今、ジュニアのスクールは大盛況です。

残間
福井さんはいつも、「普及と育成と強化」が連関すると上手くいくと言っていますよね。

福井
その三つが好循環しないとダメです。今は錦織とか大坂なおみの活躍で活気づいてますが、それで安心していると、その選手がいなくなった時にまたダメになってしまう。今の活気がある時に、少しでもテニス人口を増やしていかないと。

プロテニスプレーヤーになれる割合って、全体のゼロコンマ何%なんですね。ですからたくさんの人にプレーしてもらって、裾野を広げないと良い選手がたくさん出ては来ませんし、頂点も高くなりません。

残間
一般的にスポーツの世界は、才能のある人を見つけて、そこに特別なレッスンをして強化をはかりますよね。その辺のことは、日本のテニス界はうまく行ってますか。

福井
うまく行っているというか、そのシステム作りを確立しているところです。ただ正直、まだ偶然に頼る部分が多いです。そこを少しでも必然に近づけたいですね。

錦織は最初からモノが違った
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残間
錦織さんもそうですが、素人目から見ると、活躍している選手は早くから海外に出て行くように見えます。そこには日本とは違う特別な環境があるんでしょうか。

福井
そこは私たちももどかしいところで、やっぱりアメリカなどの方が指導者のレベルが高いんですね。環境も優れているのは否めません。
まずたくさんのいいコートがあって、そこに世界のトップ選手が集まってくる。極端なことを言うと、ジョコビッチだとかマレーとか、フェデラー、ナダル、そういう選手が練習しているところに行けば、すごくいい練習ができます。そういう場所がアメリカやスペインにはあるんですね。

ですから私たちが究極に目指しているのは、世界から日本にトップ選手が集まって来るという状況です。これはスポーツ全般に言えることだと思います。
例えば柔道でもレスリングでも体操でも、海外の選手が日本に来て練習するんですよ。その種目の日本の競技レベルが高いからです。テニスもそういう競技に近づかないと、なかなか生き残っていけません。

残間
錦織圭さんというのは、どういう人なんですか? 私はテレビで見て一喜一憂してるだけですけど、専門家の眼から見ると、どうしてあそこまで成功したのでしょう。

福井
彼は天才でした。錦織を初めて見たのは小学校5年の時です。とても小柄だったんですが、ボールとの距離の取り方とか、配球のコントロールやタイミングだとか、その頃すでに天才でした。「うわあ!」となりましたね。

残間
その頃からもう違っていたのですか。

福井
一緒に見た誰もが、「何だあいつは」という感じになりました。
ただ、そういう選手は、それまでにも何人かいたんですよ。でも日本は、つい「こういう風に打ちなさい」とか型にはめがちなんですが、錦織は自由な発想があったというか、早くからアメリカに渡って、そこで水が合ったんですね。

残間
13歳ぐらいから向こうに行ったんですよね。

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福井
さっきの話でいうと、そういう環境がもし日本にあれば、もっといっぱい錦織圭が出て来るんですよ。

残間
なかなか誰もが海外に行けるわけじゃないですからね。

福井
彼はソニーの盛田さんのファンド(盛田正明テニスファンド)で行かせてもらいました。
日本にアメリカみたいな環境があれば、もっと可能性が広がりますよね。アメリカには世界の超一流選手が集まりますから、錦織が上手くなって来ると、彼らとちょっとやろうか、となるじゃないですか。彼は小さい頃からナダルと練習してるし、フェデラーとも練習してるんですね。日本じゃあり得ないですよ。

「これが世界か」と実感できる。それで練習試合をやってると、ゲームが取れたりする。そういう日々の感覚って、ものすごく大きいです。つまり、彼には「世界のテニス」が日常なんです。
我々の時代は、世界にお邪魔して「世界のテニスを見に来ました」という感じでした。それじゃ、絶対勝てっこないです。
もちろんその前には、松岡(修造)君がその殻を打ち破ってくれたことも大きいです。

残間
松岡さんって、今の感じを見てると、かつての偉業は想像がつかないですが。いい意味で転身しました。

福井
(笑)そうですか。でも、テニスをやっている時はすごく真面目でしたが、普段は前からあんな感じでしたよ。

(つづく)

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vol.1 勝つには世界を「日常」にすること

vol.2 選手と監督、それぞれの挫折

vol.3 メダリストたちの発信力はすごい!

vol.4 スポーツを通して「人間力」の向上を

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