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さて、そろそろ次のことを‥‥ 2/4

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vol.2 「あの時」が女優になった分岐点‥‥


残間
もう芸能生活も40年くらいになるんですよね。

萬田
ええと22歳でデビューだから‥‥
あと3~4年でそうなるのかしら。

残間
この世界でこれだけ生き抜いてきたんだから、
大したものです。

萬田
ただ居るだけですけどね。
本当によく居させてもらえたというか。
それは残間さんともそうですが、
いろんな人との出会いがあったからだと思います。
残間さんとは、デビューの
『なっちゃんの写真館』(NHK連続ドラマ小説)
の頃からですよね。

残間
そういえば萬田さん昔、
「私って代表作がないのよ」
みたいなこと言ってましたよね。

萬田
今もそうですけど(笑)。

残間
いやいや、バーンとブレイクするのも善し悪しですよ。

萬田
ブレイクしちゃうと、主役以外やりたくなくなるとか?

残間
同じ成功体験を繰り返そうとしたり、
逆にブレイクした自分を、変に超えようとしたり。
大きく突出はしないけれど、
シーンで独特の存在感を放ち続ける女優って、
いるでしょう? そういう存在は貴重なんですよ。
しかも萬田さんの場合、いつまでも綺麗だし。

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萬田
(笑)そんなものなのかしら。
でも、こうやって長く女優を続けてきたわけですけど、
最近、年齢のせいなのかしら‥‥って、
年齢のせいにするのは好きじゃないんですけど、
昔のことをよく思い出すようになりましたね。
『ファミリーヒストリー』のせいもあるかもしれません。

小学生の時に学校で歯科検診があって、
私、その頃、出っ歯だったんですよ。
私自身は気にしてなかったんですけど、
検診を担当した歯医者さんに、
「この出っ歯は直しておいた方がいいですよ」と
言われたんです。要するに矯正。
でも昔は歯の矯正はとても高かったんですよね。
50年以上前の話ですから。
母親にしてみたら、ちょっと無理かなという感じです。
するとその歯医者さんが
「将来、嫁入り道具を買ってやるつもりなら、
そのお金で代わりに歯を治しておいてあげなさい」って
言ったそうなんです。
それで矯正したんですが、
後々ミスユニバース日本代表になって、
副賞で嫁入り道具一式をもらうことになるんです。
ミスユニバースって、
八重歯があってもダメなんですよ。

残間
そうか、歯並びはミスユニバースの絶対条件なんだ。
50年前の日本は歯並びなんて誰も気にしてなかったけど、
欧米では昔から家庭環境の表れと見られますから。
今思うとその歯医者さんも大したものですね。

萬田
面白いですよね。「嫁入り道具代わりに」と歯の矯正したら、
回り回って嫁入り道具になって返ってきました。
今から思えば、あれが分岐点だったな、ということって人生にありますよね。
そんなことを最近、思うようになってきました。

残間
ミスユニバースの日本代表になっていなかったら、
そのまま就職してたんですものね。
でもなんでミスユニバースの副賞が
嫁入り道具一式なんでしょう。
受賞してからは、しっかり働いてもらうことになるのに。

萬田
本当にねえ。
今でも大阪の実家に桐のタンス三点セットとかありますよ。
いつまで経っても私が使わないので、
結局、母が使ってましたけど(笑)。

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残間
昔のことといえば、高校生くらいの時はすごく太ってて、
ダイエットにキャベツばかり食べてた時期があったとか。

萬田
太ってるのもありましたが、背が高かったので、
まず大きかったんですよ。
ちょうどマッハ文朱さんが人気の頃で、
「女子プロ(レスラー)にデビューしたら?」と
みんなに言われてました。

残間
本当?(笑)

萬田
高校なのでみんな同じ制服着てるんですけど、
やっぱりスタイルがいい子の方が見栄えがするわけですよ。
それでダイエットを始めました。

残間
本当にキャベツだけ?

萬田
キャベツだけ。
それでご褒美に卵って感じでしたね。

残間
栄養的には問題ありでしょうけど、
キャベツは胃にいいかもしれません。

萬田
当時はジムなんてなかったですから、
1日縄跳び千回と家の拭き掃除。
それで20キロ以上痩せました。

残間
それは、かなりガリガリになったんじゃない?

萬田
そこまでは行かないです。
ダイエットの前は三段腹でしたから。

残間
(笑)そんなに太ってたんですか。

萬田
手首とかは細かったんで、
パッと見はそれほど太ってるようには
見えなかったんですけどね。

残間
どれくらい続けたの?

萬田
一年です。キャベツしか食べないんで、
しまいに母親が「鳥を飼ってるみたいだ」と怒り出して。
親子で銭湯に行ってたんですけど、
ある時、母親に言われたんですよ。
「ちょっとそろそろ止めないと。
 太ももの隙間から向こうが見えてる」と
ストップがかかりました。

残間
でもよく続きましたね。
萬田さんって、やる時はやるタイプですね。

萬田
ある意味、達成感がありました。
「やればできる」という根性ができた気がします。
さすがに体重が減りすぎたので、
ちゃんと本を読んで栄養のことを勉強して、
5キロぐらい戻したのかな。
この時の影響で、関西人なのに納豆が好きになりました。
で、体重がちょうど良くなった頃、
叔母がミスユニバースに応募したんですよ。

残間
お母さんがストップかけてくれて良かったですよね。

萬田
その頃はそういう言葉はなかったですけど、
ほとんど「拒食症」でしたよ。

残間
自分では快感なわけでしょ。

萬田
ええ、どんどん体重計の数字が
減っていくのが嬉しくて、やめられない。

残間
お母さんと銭湯に行ってたのも良かった。
気がついたら、というパターンがあるそうですから。
このダイエットのタイミングも大きな分岐点。
人生ってそういうものかもしれませんが、
「あの時が」ということがあるんですね。

(つづく)

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vol.1 女優らしい“佇まい”を大事にする

vol.2 「あの時」が女優になった分岐点‥‥

vol.3 一人暮らしライフ、満喫中ではあるけれど

vol.4 カッコイイ60代を模索中!

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