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50年やっても雑誌づくりは面白い。何故だろうね? 1/3

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『週刊文春』黄金期を始め、『月刊Will』など数々の雑誌の編集長を務めてきた花田紀凱(かずよし)さん。今年の春にはついにご自身の名前を冠した『月刊Hanada』を創刊しました。50年間、一貫して編集現場にこだわってきた、花田編集長の近況をお伝えします。(残間)
花田紀凱さんのプロフィールはこちら

(聞き手/残間里江子 撮影/岡戸雅樹 構成/髙橋和昭)


vol.1 編集者は一に体力、二に好奇心


残間
こんにちは。今日はよろしくお願いします。

花田
こちらこそ、よろしくお願いします。

残間
さて、春から新雑誌『月刊Hanada』(飛鳥新社)の
編集長ということなんですが、
それまで編集長を務めていた
月刊Will』の編集スタッフ丸ごとだけでなく、
連載陣まで引き連れての引越しのような創刊でした。
作っている人も書いている人も同じなので
中身が似ているのは当たり前なんですが、
表紙のデザインもよく似ているということで、
ちょっと話題になりましたね。
『Will』はそのまま別の編集長に代わって続いてますし。※

花田
編集スタッフだけでなくDTP(印刷データ)担当も一緒です。でもいろいろと新しい書き手も開拓してるんですよ。
なかなか気づいてもらえませんが。

※『月刊Hanada』創刊:2004年に花田さんが編集長としてワックから創刊された『月刊will』だったが、2016年花田さんは編集スタッフと連載陣とともに飛鳥新社に移籍。2016年4月に、同社より『Will』とほぼ同じテイスト、連載陣で『月刊Hanada』を創刊する。一方ワック側も『月刊Will』を継続して刊行中。

残間
雑誌名がいいですね。
花田さんの雑誌って、どれも要するに
『月刊Hanada』だったんですよね、
『週刊文春』の頃から。だからぴったりだと思います。
それに自らの名前を冠するなんて、
なかなかできないことですよ。

花田
(笑)そこは恥ずかしくもあるんですけどね。
新しい誌名を作って一から覚えてもらうのも大変ですし、
止むを得ずというか。
ただ雑誌って編集長次第というか、そういう面はありますね。
僕は今だってゲラは全部読むし、
新聞広告はデザインまで一人で作ってますから。

残間
『月刊Will』もそうでしたが、
新雑誌も”右寄り”と受け取られています。
これについては。

花田
僕にそういう意識はないですね。
自分では真ん中のつもり。
でも左の人から見れば右に見えるでしょうし、
右の人からは物足りないと言われてます。
まあ、思想的なポジションがどう見えるかは
どうでもいいんですよ。面白ければ。

残間
(笑)花田さんってそうですよね。
もう30年以上のおつきあいになりますが、
ずっと「面白ければいい」と言ってきましたね。
『Hanada』の売れ行きはどうですか。
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花田
売れてますよ!! 『Will』の倍ぐらい売れてます。

残間
花田さんは文藝春秋から始まって、
朝日新聞、角川、宣伝会議、ワック、
そして今度の飛鳥新社と、
6つの出版社を渡り歩いてきました。
最初の文藝春秋に入ったのは何年だったんですか。

花田
1966年入社です。23歳。
だから今年でこの仕事をして50年になるんですよ。

残間
花田さんというと、
「ラインには入らない」「生涯一編集者」「現場にこだわる」
とおっしゃってましたが、本当にずっと現場ですね。

花田
そんなこともなかったんですが、
何しろ雑誌をつくるのは面白いからね。
本当にこんなに長くやっても飽きないですよ。
どうしてだろう? それに僕には経営能力はないから。

残間
一番の岐路というと、
やはり文藝春秋を辞めた辺りでしょうか。

花田
そうですね。役員の辞令もらってましたから、
あのまま行けば、局長になって役員。
でもまあ、ああいうことになったからしょうがない。
もっとスケールの大きい仕事がやれたかもと、
思わないこともないです。
だけどそうなると、今のように
現場に居続けることはできなかった。
これで良かったんだと思うしかないですね。

残間
50年の編集者生活ということですが、
振り返っていかがですか。

花田
いやあ楽しかったですね。
生まれ変わっても、もう一回やりたい。何しろ面白い。
最近、講演などで若い編集者の前で
話をする機会があるんだけど、
彼らを見てるとうらやましくてしょうがない。
こいつら、これから何十年も楽しめるんだと思うと。
それで言うと、今の若い編集者には不満がありますね。
僕は面白そうな会合やシンポジウムがあると、
できるだけ出かけるようにしてるんですが、
他社の編集者が全然来てません。

残間
それは客として行くんですよね。
シンポジウムのパネリストとかじゃなくて。

花田
むろん、客としてです。
でも余所の若い編集者は滅多に来ない。
編集者は人に会わなきゃ。
若い奴らは時間があるんだから。
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残間
そういえば、文春時代によくスクープを
取っていた時にも言っていましたね。
普通は取材対象者に2~3回会いに行って諦めるところを、
7回8回行く粘りが必要なんだって。

花田
そこは体力の差。体力があれば、
もう一回会いに行こうと思えるからね。
いつも言うんですけど、
編集者は一に体力、二に好奇心ですよ。
特に体力勝負なんです。
まあ、どんな仕事でもそうですけどね。
昨日は「チリの戦い」という映画を観てきました。
三部構成のドキュメンタリーで、
全部で4時間半ぐらいあるんですが、素晴らしかった。

残間
編集者になろうとしている若い人でも、
好奇心が衰えているんでしょうかね。
また、そういうものを嗅ぎつけるアンテナも鈍っている気がします。

花田
行かないから鈍るんですよ。
僕は若い編集者よりも本も映画も見てると思います。
若い人の方が時間も体力も僕よりあるはずなのに。

編集会議でも言うんです。
「俺の知らないことを教えろ」って。
新聞やメディアに出てることは俺の方が知っているし、
俺もいろいろ考えてるんだと。
それぞれに興味があることがあって、
別のチャンネルを持ってるわけですから。
いろんな所に行って、いろんな人に会えと。

例えば僕は音楽のことなんかは全然わからない。
音楽関係者に会って話をしたら、それを教えて欲しいと。
今これが面白いとか、ヒットしそうとか。
だから一に体力、二に好奇心なんです。
でも、本当に行かないんですよね。

残間
ネットがこんなにはびこったせいもあるのでは?

花田
それはあるだろうね。検索すれば何でも書いてあるから。
それでずーっとパソコンばかり見てる奴がいる。
「出かけろよ!」と、蹴飛ばしたくなります。
本やネットの情報よりも、人間からの情報が面白くて企画になるんですよ。
今で言えば、残間さんに直接聞いた話とか。
それが僕の蓄積していたいろんな知識と
ある瞬間結びついて、新しい企画が生まれる。

残間
クリエイティビティって、そういうものですよね。
いろんなことが連鎖したり、
一見、関係なそうなものが繋がったり。
純粋なオリジナルなんて、そうはないですから。

花田
全くそう。オリジナルなものなんて、もうないんです。
明治時代から数々の編集者が考え尽くしているんですから。
独自なプランなんて稀有ですよ。
だから僕はよくスタッフに、
雑誌のバックナンバーの目次を見ろって言うんです。
そこには編集者が頭を絞って、その時ベストだと思った、
いろんな切り口や組み合わせのパターンが並んでいる。
そこに自分が得た生きた情報を加えれば企画が生まれる。

残間
50年で何か悔いはありますか?

花田
悔い?

残間
いろいろとあるんじゃないですか。

花田
まあ、あるけど、悔いてもしょうがないでしょ。

残間
そういえば色紙か何かに書いてましたね。
「済んだことは、しかたがない。花田紀凱」って。

花田
(笑)そんなこと書いたかな。
でも、そうでしょ?

残間
悔いたりしないで次に活かすと。

花田
それがそうでもないんだ‥‥‥

残間
(笑)

(つづく)

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