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今こそ、「日本」を発信する時。2/3

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vol.2 身近な聴衆を楽しませる、それが世界につながる


残間
日本のクラシック音楽界のいびつとも言える構造というか、大友さんは、こういったことをいつ頃から意識されていたんでしょう。

大友
私はデビューが早かったせいか(22歳の時にN響を指揮)、若い頃から気づいていました。早かった分、いろいろ考えるわけです。高校時代から海外留学も考えましたし。
音楽家として意義のある活動をし、国際的な価値を持つにはどうしたらよいのか。

音楽家に何が必要かと言えば、自分自身を深く掘り下げて、自分にしかできないことを追求していくこと。それが国際的なアーティストになる絶対条件なんですよ。するとどうしても日本と向き合う必要があります。西欧至上主義では成り立たないんです。

しかし残念ながら日本のクラシック界は基本的に今でも、あくまで西欧至上主義なんです。西欧でチャレンジし、成功を勝ち取り、評価を得ることが最高の実績であって、それを持って帰って日本でも評価されるという構図。でも、この構図をいつまで続けるのか。

この構図を続けるという事は、日本の音楽シーンは未来永劫、変わることなく、ポジション的には常に二番煎じ、三番煎じ。欧米の後塵を拝することです。とにかくトップにはなれない状態が半永久的に続くわけです。
クリエイティブというのは、自分たちがここの国で、この街で、自分の一番身近にいる人たちを豊かにすることですよ。音楽家の役目というのは、その実現のために奉仕すること。ウィーンやベルリンやロンドンが一番素晴らしいのであれば、我々がやる必要はないんですよ。

残間
確かにそうですね。来日公演をありがたく聴いていればいいわけです。
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大友
己を知ることもせずに外側を追いかけて行って、それでいいのか。ですからこれは大きな決断だったんですけれど、私は若い時に決めました。軸足は「日本」に置く。でも世界のどこに出ても恥ずかしくないように磨いていく。

その頃に立てた自分のスローガンは、「いずれ世界からお呼びがくる」というものです。
日本で本当に面白いもの、本当に意義のあるものを実現すれば、それは絶対に世界に通用するという価値観に立とうと、そう決心しました。

(※編集部注:大友氏はかねてから三枝成彰氏、千住明氏、冨田勲氏など、邦人作曲家の作品を積極的に取り上げている。雅楽など邦楽演奏家との共演も多い)

残間
それって相当若い頃の話ですよね。

大友
ええ20代前半ですね。
まあ、まだそれほど成功していないし、胸を張れるようなことも起きていませんけれど、間違っているとは思いません。時々、世間の価値観との落差に悔しい思いもしますし、残念な気持ちになりますが、それは日本のオペラを作っている三枝成彰さんも同じでしょう。でも間違ってはいないはずです。

音楽家というのは、本来は自分の街に住む人たちのために演奏するものです。西洋のオケはみんなそうですね。それが結果的に世界的に評価されるのです。

実はこの考えでいいんだと実感したことがあって、それは日本の漫画。
20年近く前なんですが、メスというフランスの田舎町に行ったら、本屋に漫画コーナーがあったんです。そこにフランス語訳の日本の漫画がたくさん並んでいました。ドラえもんとか。ちょっとびっくりしましたね。日本の漫画って、こういうことになってるのかと。
よく考えてみると、世界を席巻している日本の文化って、漫画やアニメなんですよね。

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残間
イタリアの片田舎に行っても、ポケモンのタオルが干してあったりして驚きます。

大友
実は私は子供の頃は大の漫画ファンでして、漫画家になりたかったくらいです。特に手塚治虫が好きでした。

では、手塚治虫は多くの連載を抱えながら、何を考えて漫画を描いていたかというと、流行作家はみんなそうでしょうけど、次に掲載される作品が読者に評価されることですよね。漫画雑誌の売上げを少しでも伸ばすこと。
それだけを考えて、寝る間も惜しんで、必死にアイデアを出していたはずです。もう編集者と缶詰状態になって、骨身を削って健康を損なうくらいに。

彼には世界なんて眼中になくて、一番身近な読者にアピールしたかっただけなんです。だからこそ世界に通用した。一番身近な読者に圧倒的に受け入れられたものは、世界に受け入れられる。
これって、日本のクラシック音楽とは対極ですよね。日本の場合は身近な部分、真ん中が空洞になってしまっている。そこを変えていければ、文字どおり世界からお呼びがかかるでしょう。
この事を日本のクラシックの世界でわかっている人は、今非常に少ないですね。三枝成彰さん、千住明さんくらいですかね。

これまでネガティブなことばかり言ってきましたが、逆にやらなければいけないことが、たくさんあるということなんです。昭和30年代くらいの頃の状況にもう一回立ち返って、やりなおさないといけない。
要するに日本の普通の市民に、日本のクラシック界ってこんなに面白いことができるのか、というものを見せていかないと。エンターテイメントのひとつとして、日常に入って行くことが大事だと思います。

残間
価値観の転換ですから、先ずは解体が必要なのかもしれませんね。

大友
本当にそうです。クラシック音楽が普通に日常に消化されて、人生を豊かにしている人が増えないと、この状況は変わりません。

(つづく)

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vol.1 いまだにはびこる西欧至上主義

vol.2 身近な聴衆を楽しませる、それが世界につながる

vol.3 小学校三年生以来のシンフォニー好き








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