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これからもワイルドワンズをよろしく! 1/5

鳥塚しげきさん(ミュージシャン)

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60年代、ザ・ワイルドワンズとしてデビューし、「想い出の渚」などのヒット曲で知られる鳥塚しげきさん。中断期間はあったものの、今もグループの一員として活躍しています。今年4月に亡くなったリーダー・加瀬邦彦さんのこと、そして紆余曲折のこれまでの音楽人生について伺いました。(残間)
(聞き手/残間里江子  構成/髙橋和昭 大垣さえ)


vol.1 全ては加瀬邦彦さんとの出会いから始まった


残間
さて、お会いするのは久しぶりなので、色々お話もしたいんですが……。
4月20日に、ワイルドワンズのリーダーだった加瀬邦彦さんが突然お亡くなりになって。

鳥塚
そうですね。

残間
まさかというか、ニュースを聞いて非常に驚きました。

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鳥塚
去年(2014年)の1月ぐらいから「声がかすれやすい」とは言っていたんです。
昨年2月ごろになると、喉に突起物ができて見た目にもわかるようになって、検査をしたらステージ4。それで、声帯を取ることになりました。

それ以降、加瀬さんは舞台に立っていません。
加瀬さんを抜いた3人で歌うようになってから、今年の3月で1年でした。
それで、「声が出なくても、ギターを弾いて立っているだけでもいいから、復帰できないか」と聞いてみたら、「お前が考えているほど俺の症状は回復してない」と。

4月20日、加瀬さんが亡くなった時、僕たちはライブをしていたんです。
もともとこの日は銀座で「加山雄三&ハイパーランチャーズ」(※)のライブがあったんです。そこに僕も呼ばれて参加していました。

※注……1994年に結成されたエレキバンド。中心メンバーは、ザ・ワイルドワンズのベース、ドラムである島英二、植田芳暁と、加山雄三の3人。

残間
加瀬さん以外のワイルドワンズのメンバーが全員そこにいたわけですね。

鳥塚
そう。それでステージで歌っていたら、突然、島君のギターの弦が切れたんです。
島君はギターを丁寧に扱いますから、弦なんかめったに切れないんです。
ステージ上で切れたのは、ハイパーランチャーズを20年以上やってきて一度も見たことがない。それがプツン! と切れた。

その弦が切れた瞬間に亡くなったんじゃないかと、加山さんは言っていますね。僕もそうなんじゃないかと思う。
加瀬さんの咽頭がんから1年、3人でワイルドワンズとしてやってきて、「俺がいなくてもやっていける」と彼自身がわかって、それで逝ったんじゃないかって。

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残間
そうですか、そんなことが……。

鳥塚
思えば僕がこうやって今でも音楽活動をしているのは、加瀬さんとの運命的な出会いがあったからなんです。

僕は子どもの頃から、ほうきをギターに見立てて歌ったり、漠然とそういう世界への憧れはあったんです。
でも、どうやったらステージに立てるかとか、プロになれるかとか、そういう知識はない。
そもそも、うちの親は明治時代から家業としてクリーニング屋をやっていて、僕が後を継ぐことになっていたし。

残間
そうだったんですか。じゃあ芸能プロダクションに売り込んだり、ということもなく?

鳥塚
そうですね。僕が芸能界に入ったのは本当に偶然で。
僕が大学で所属していた軽音楽部の先輩が、街でライブのチケットを売っていたんです。
そこに当時、新しいバンドを作ろうとしていた加瀬さんの知り合いがいて、「チケットを4枚、2千円分買ってやるから、ギターが弾けて歌えるやつを紹介しろ」と。
それで僕に白羽の矢が立った。いわば僕は、2千円で売りに出されたんです(笑)。

加瀬さんは僕よりも6つ年上で、「大人」という感じでした。
初めてお会いした時もすでに「寺内タケシとブルージーンズ」のギタリストとして、超有名人。
ブルージーンズを辞めたのに、あまりにも才能があるということで渡辺プロが離さずにいたんです。

ブルージーンズがベンチャーズとツアーをしたことがあったんですが、その時にブルージーンズは困ったんですね。
一緒にツアーをするわけだから、普段やっているベンチャーズの曲をやるわけにはいかない。
それでオリジナルが必要だということになって、加瀬さんが『ブルージーンNo.1』という曲を作ったんですが、これがカッコ良くてね。

それで僕が加瀬さんと知り合った1966年というのは、バーズとかビーチボーイズ、ママス&パパスといった、ウェストコースト・ロックの走りのグループが出てきた頃でした。
加瀬さんはビートルズみたいな編成で、ウェストコースト・ロックをやってみたらいいんじゃないかと考えていた。
それでメンバーを集めて、ワイルドワンズを結成したんです。

僕もバーズみたいな曲をやってみたかったんですが、やる仲間がいなくて、その頃はカントリーをやっていて。

加瀬さんとの最初のセッションで僕が歌ったのは、ビートルズの『ガール』とか、ピーター・ポール&マリーの『500マイルも離れて』でしたね。
それで「一緒にやろう」と言われました。

残間
一般的なグループの結成方法と違うんですね。普通は音楽好きな素人がバンドを組んで、それがプロとしてデビューするという形でしょう。
でもワイルドワンズの場合、加瀬さんが企画として「こういうバンドを」と考えていて、それを実現させるために人を集めた。

加瀬さんはタイガース以降の沢田研二さんのプロデューサーとしても有名ですが、ワイルドワンズの頃から、そういう全体を見る資質があった方なんですね。

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鳥塚
そうですね、まさにプロデューサーでした。先見の明と、それから独特の美意識があって。
そういえば、日本で男性の芸能人がお化粧をしたのって、ジュリーが初めてなんですよね。もちろん加瀬さんのプロデュースのもとで。
プロダクションからは「ジュリーはもともと綺麗なのに、化粧をする必要がどこにあるんだ」と総スカンを食らったらしいですね。でも「いや、これからの時代はこれだ」と押し切ったんです。

残間
今は芸能界で男性が化粧をするのって、珍しくもなんでもないですものね。新しいトレンドを作ったんですね。

鳥塚
それからワイルドワンズは、「禁止事項」がすごく多かったんです。
楽屋での賭け事とか、ファンとの恋愛とか、いわゆる「バンドマン」みたいなことは全部駄目。
加瀬さんが「大人の世界」で活動をする中で見てきた嫌なものは、全部禁止だったんです。

残間
そうそうワイルドワンズって、どこか上品というか、聴いていて安心するところがありましたね。
でも、1966年に結成して、1971年には解散しています。第一次の活動期間はたった5年間なんですよね。あれはどうしてだったんですか?

鳥塚
まぁ、まずは周りのバンドがバタバタ解散し始めた、というのが大きな理由ですね。
グループサウンズがブームになってしまって、新しく出てきたバンドは、過激なことをしないとウケないようになってきたんです。失神をしたりとかですね。
するとグループサウンズ自体がそういう危険なものだと思われて、PTAや学校側から反発があり、解散が相次ぎました。

ただ、渡辺プロの制作部長には「ワイルドワンズはグループの仲もいいし、解散しなくてもいい」と言ってもらえたんです。
ワイルドワンズ内でも意見が分かれたんですが、「こういう社会状況でやり続けてもヒットは生まれない」という加瀬さんの意向もあって。
僕もグループサウンズがブームになってしまって、どんどん演出が派手になっていくのが嫌だったので、解散に賛成しました。

でも加瀬さんは、それ以前から解散を考えていたと思います。
69年に彼がはじめて海外に行ったんですね。その時に「外から日本のことを見たら、いつまでもこんなことはやっていられないと思った」と言っていました。

解散前の最後のコンサートのことはいまだに覚えていますよ。
コンサート中のあいさつで、加瀬さんは「何よりもメンバーのご家族の方に謝りたい」と言っていましたね。違う人生にしてしまって、その責任を感じていると。

残間
責任ですか。あれほど売れたのにも関わらず、そういうことをずっと思っている人だったんですか。大人だったんですね。

鳥塚
そう、大人な人でした。6つしか違わないのにね。

残間
それでは解散以降の鳥塚さんの活動について、伺っていきましょうか。
(つづく)

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vol.1 全ては加瀬邦彦さんとの出会いから始まった

vol.2 『虫虫虫めがねの歌』の大ヒット、その舞台裏

vol.3 苦しい時、いつも自分の歌に救われた

vol.4 子どもにも大人にも、コンサートで笑ってもらいたい

vol.5 “好きな歌”を歌うからこそ伝わる。




2015年6月27日(土)
鳥塚さんがwillbe混声合唱団の特別講師として参加


「想い出の渚」「花嫁」「岬めぐり」「ボーイハント」「砂に消えた恋」など……。おとな世代なら誰もが知っている名曲を、鳥塚さんのギターに合わせて一緒に歌いました。

鳥塚さんが合唱で味わってほしいのは「ハモる楽しさ」。
「パートごとの練習を経て皆で合わせたときに、歌がパッと広がって、ああ楽しいなと思う。充実感や達成感が感じられますね。音楽ではそうした楽しさを感じてほしいです」(鳥塚さん)

歌の技術を向上させるというよりも、いかに「歌うことが楽しいか」を確認できた今回の指導。
歌うことの原点に立ち返る、素敵なレッスンでした。

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