残間 いま櫻井さんが一番軸足を置いているところというと、
やはり理事長を務めてらっしゃる
「国家基本問題研究所」ということになるんでしょうか。



櫻井 "国基研"とジャーナリストとしての言論活動と、
半々といったところですね。



残間 国家基本問題研究所は3年前に立ち上げられたそうですが、
どういった経緯で始められたんでしょうか。
組織を抱えるというのは責任も生じますし、
大変だと思うんですが、
ずっと前からやろうと思っていたんですか?



櫻井 いいえ、それほど昔ではありません。
もともと私は残間さんのように、いろんな事を
テキパキとオーガナイズするタイプではないんです。
一人でコツコツ続けるのが好きで、朝から晩まで
資料を読んだりして、それをとても楽しめるほうです。

でもいつの頃からでしょうか、
日本のために何か論陣を張らなきゃ、
と思い始めたんですね。そしてそれが
テレビを辞める大きな理由のひとつにもなりました。



残間 テレビは16年おやりになったんですよね。
(「NNNきょうの出来事」1980〜1996年)



櫻井 よく16年もやらせて下さったと、
日本テレビには感謝しています。
日本って、他国の戦略研究所のような、
しっかり政策の方向付けをする存在ってないですよね。





残間

確かにきちんとした提言に至るようなものって、
あまりないですね。



櫻井 そういうものが日本には、
本当に必要だという気持ちがずっとあったんですね。
そう考えながら、テレビを辞めて10年間は
しっかり記事を書いて、自分を鍛え直そうと決めていました。

10年が過ぎて、日本の政治は頼りないし、
不安だなあと思っているうちに、
福田康夫さんが総理になられた。
これでは日本は到底ダメだと感じて、踏み切ったわけです。



残間 ということは、櫻井さんご自身の発案だったんですね。
誰かに理事長就任を頼まれて、というのではなく。
役員に外交評論家の田久保忠衛さんや石原慎太郎さんとか、
いろいろいらっしゃいますけど。



櫻井 田久保さんたちには、
私から一緒にやって下さいと説得しました。
立ち上げるのに約1年かかりました。
何しろお金も場所も何もない状態でしたから。
1年にわたって、あれをやりたい、これをやりたいと
議論を重ねました。
皆さんボランティアで参加して下さって、現在に至っています。
お金もありませんから、
事務所もできるだけ安いところを探して始めたんです。

国基研を始めてみると、驚くくらい反応がありました。
いま不景気ですから、
どこのシンクタンクも経済的に厳しいと思うんですが、
私たちの研究所は今でも毎週、
数十人単位で新しい会員が入って下さっているんです。
お正月休みの時は2週間で百数十人の入会がありました。



残間 へえ! でも、休みの時に入会があるって本物ですよね。
皆さん、じっくり考えてのことでしょうから。
サイトから入会するんですよね?



櫻井 ええ。



残間 新年になって国基研のサイトを拝見しましたが、
まず、着物姿の美しい櫻井さんの写真が
目に飛び込んできます。
このセンスがいいと思うんですよ。ホッとするんです。
「国家」とか「問題」「研究」とか言いながら、
櫻井さんの着物姿! 
普通はカチッとスーツかなんかを着るんでしょうが、
ここでグッと敷居が低くなるんですよ。





櫻井

(笑)そう言っていただけると嬉しいです。
あなたは百恵さんの素晴しい本をプロデュースした方ですから、
そういう方に褒めていただけるのは、本当に光栄だわ。



残間 でも、あの感覚って、あるようでないんですよ。
「国家」とかいうと、自らああいった雰囲気を
否定してしまう思考が日本にはありますから。
でも、自然なことなんですよね。初春を寿ぐんですから。
着物姿の写真は2バージョンありましたね?



櫻井 着物がすごく好きなんです。
30代は、ほとんど毎日着ていたぐらいで。
サイトには、他にも日本の美しい四季の写真も
使われていますが、あれは友人のカメラマンが、
タダ同然で提供してくれています。
いろんな方の協力に支えられています。



(つづく)