手塚治虫氏に師事し、1979年に漫画家デビュー。
以来、「キスより簡単」「アイ’ムホーム」などの代表作で知られる石坂啓さん。
漫画家としての活動の他に、「週刊金曜日」編集委員を務め、
教育問題、女性問題、表現の自由についての発言が多いことでも知られます。
そんな石坂さんの仕事とプライベートにおけるパソコンライフとは。
漫画制作の現場にも押し寄せる、ITの影響についても伺いました。


パソコンは漫画家の生活を変えつつあります

───まずパソコンとの出会いから聞かせてください。

仕事場ですね。結構早い時期から、漫画の制作現場ではパソコンが使われ出しました。イラストレーターの方たちは、もっと早かったと思います。ただし私の場合、アシスタントにできる子がいたのでお任せ(笑)、という感じでした。私より少し上の世代が、若いOLに「これやっといて」で済ませて、OA化から逃げおおせたのに近いかもしれません。ちょっとズルイんです。

今は色付けぐらいは自分でできますが、本格的にコンピュータを駆使して漫画を描く、という段階にはまだなっていません。机の引き出しは依然として鉛筆と消しゴムばっかりです(笑)。だいたい私はポケベルにしても携帯電話にしても、一通り世間に行きわたってから手にするタイプなんですよ。パソコンに関しても、実は偉そうなことは何も言えないんです。

───漫画制作の現場にパソコンが使われるようになったのは、いつ頃からだったんでしょう。

私の周りですと、手塚プロの先輩の寺沢武一さん(作品に『コブラ』『ゴクウ』など)とか早かったと思います。パソコンがもっと大きくて何百万円もしていた時代からですね。原稿料を全部機械に注ぎ込む方もいらっしゃったんではないですか。それが80年代前半だったと思いますが、90年頃にはもう珍しくなくなっていたんじゃないでしょうか。

もうパソコンで描いた漫画というのは絵が違うんです。それまでの漫画では見たことのない色ですとか、グラデーションのかけ方から何から、とにかく新鮮でした。かなわないとも思いました。
ただ、そういうパソコンを使った絵は最初は目を引くんですけど、それが当り前になると、やはり作品が面白いか、絵が上手いかどうかという評価になっていくんですね。逆にプリミティブな手法の方が新鮮に映ったり、揺り戻しもあります。宮崎駿さんのアニメも、最近はあえて手書きで塗ったものもありますね。

ワープロが出た時も同じで、誰もがきれいな活字で自分の文章を作れるようにりましたよね。ところがそれで、文章が上手くなったと錯覚した人がずいぶんいたように思います。気持ち良くなっちゃって、手書きの時には考えられないくらい長い文章を書いたり。
文章を書くことが楽になって、それまであまり書かなかった人が書くようになったり、いいところもあったんですが、でも冷静に読んでみると、「これ駄文じゃないの?」ということがありましたよね(笑)。手書きでもワープロでも、良いものは良いし、悪いものは悪いと、中身で精査されるようになりました。見る方の目は肥えていきます。

───意外に早くから漫画制作の現場には、パソコンが取り入れられていたんですね。漫画というと家内制手工業的というか、先生がいて、その周りにアシスタントさんが何人かいて、みんなでコツコツと作っている、というイメージがありました。パソコンの登場で現場の様子も変わったんじゃないでしょうか。

最初はパソコンができることは、色をつけるぐらいだったんですが、どんどんパソコンでできる領域が広がっていきまして、もうスクリーントーンもいりませんし、背景を入れることも簡単です。私にはまだ簡単じゃないですが(笑)。
するとやろうと思えば、ひとりでも漫画が描けるんです。実際、アシスタントなしで、ひとりきりで描いているプロの方もいらっしゃいます。

───ひとりで漫画を描くことは、何か作品に影響を与えるものでしょうか。

作品への影響はわかりませんが、漫画家の生活は変わりますね。仕事場にみんなが集まって、あれやこれや言いながら作業して、徹夜となれば夜食を用意したり、終われば打ち上げをして、というのがなくなりますから。
みんなで仕事をするのは楽しいし、打ち上げも楽しいんですが、一方で人間関係がわずらわしかったり、経費がかかったり、創作に専念したいのにスタッフの手配とかも考えないといけなくなります。ですから人づきあいの苦手な人なんかは気楽でしょうね。漫画はひとりでできる商売になりつつあります。
作品への影響ということで言えば、雑誌という媒体を必要とせずに作品を発信できるようになったことの方が大きいと思いますよ。

ひとりで作ってひとりで発表できる時代。その可能性と怖さ

───確かに出版社を通さなくても、今は自分でサイトを立ち上げて作品をダウンロードで配付することが、誰でも安価にできます。


パソコンは家族皆で一緒に使っているという石坂さん。「会話が絶えないにぎやかな家庭なので、皆でワイワイ使っています。昔に比べると、パソコンはどんどんと親切になって使いやすくなってきましたよね」
※インテル® Core™i5-2410M 
2.30GHz プロセッサー搭載

こういうものを描きたいという作家性というか、そのへんに決定的な影響があると思います。もう出版社に原稿を持ち込んで、編集者に気に入ってもらわなくてもいいんです。ここを直せ、あそこを直せとも言われない。雑誌を通さずに自分の波長に合うマニアに向けて発信、呼応するということもできるわけで、これはもう根本からひっくり返りますよね。

漫画というと大ヒットして単行本が売れるとたいへんな印税が入ってきますが、じゃあ漫画家はもともと金儲けがしたくて描いているかというと、違うんですね。お金は二次的なもので、もともとは漫画を描かずにはいられないんです。そして誰かに発信したくてたまらないという人たちなんです。それが簡単にできるようになった。もし私が今、二十歳ぐらいだったら、絶対やってると思いますね。東京に出てくる必要もないし。まあ、それがいいことばかりでもないんですが。

───いいことばかりではない、というのは?

怖いと思います。機械は先に進化しましたが、それをコントロールする度量がこちら側にあるのか。人間が機械に振り回されている面もきっとあると思います。怖い事件や嫌なニュースを耳にすると、そう感じますね。
雑誌に載せるとなると、雑誌側が規制するというより、やはり第一の読み手である担当の編集者がどう感じるか、というのを意識せざるを得ないと思います。あるいはアシスタントに見せる場合も、読み手への意識が働くでしょう。具体的に相手の顔が浮かぶわけですから。
その時に作家の側では、相手にどう受け取られるかな、どこを直されるかなと考える中で、推敲が行われるわけですね。社会のフィルターを通ることになりますし、ある程度、客観的にもなれると思います。
「これはやり過ぎだな」とか、「ちょっと恥ずかしいかも」とか、「それを言っちゃおしまいだ」とか。作品にのめり込んでいたところから、我に返るわけです。それに、従来の規制や規範をどうすればうまく乗り越えていけるだろう? と考えることで、もっと面白くなるかもしれません。

ところがその推敲なしで発表するのもありだとなると、歯止めがかからず、いろんなものが無防備にストレートに出過ぎてしまう危険性はあると思います。「おいおい、ちょっとやり過ぎだぞ」というのが。

パソコンは能動性が必要とされるツール

───今、石坂さんは実際にパソコンをどのように活用していますか。

仕事では、先ほども言った漫画への「色付け」やメールですね。それから資料集めに関してはインターネットは本当に助かってます。漫画は背景ひとつ描くにしても、資料がないと描けないんですよ。作品の舞台が過去だったり外国だったりすると、なおさらそうです。以前は資料になる写真を探すのに大変苦労しました。

プライベートでは、グーグルマップのストリートビューが面白いですね。街を実際に走っているように体験できるでしょ。
私の一家は名古屋に住んでたんですが、引っ越してしまいまして、もう昔の家の近辺には行くこともなかったんですけど、ストリートビューで覗いてみたら懐かしかったです。「あ、あの駄菓子屋さんがまだある!」とか、よく歩いた路地を見ていたらウルウルしてしまいました。
それでこれを母親に見せたんですね。最近は病気がちで塞いでいたんですが、とたんにシャキッとしました。母は名古屋にいた頃は自分で車を運転して仕事をしてましたので、使い方を教えると、「わかっとる、道はわかっとるでぇ」とか言いながら、もう名古屋中を縦横無尽に走り回ってましたね。「ここの裏にみさちゃんの家があったのぉ。ちょっと寄ってみよ」という感じで。しかもその後にみさちゃんに電話して、「さっき近くまで行ったのよ」とか言ってるんです(笑)。
この映像は、父にも生きているうちに見せたかったですね。

後は追っかけをやっている役者さんのウェブサイトを見て、最新情報をチェックしたり。
私、ケヴィン・スペイシーが大好きなんですよ。それで追っかけて追っかけて、帰ってこれないぐらいのところまで行っちゃって、私生活のことまでわかったりすると気分がいいですねえ。
「なーんだ、独身なんじゃん。チャンスあるじゃん」とか(笑)。でもケヴィンが私より年下だと知った時はショックでしたね。
パソコンについては、まだまだ初心者なんですが、少しずつできることを増やしていければと思っています。

───石坂さんのように、ある程度、年を重ねてからパソコンを始めた方に、何か楽しむためのアドバイスがあれば。

このツールが他と決定的に違うのは、「能動性」だと思います。自分から動いて、初めて面白くなってくるんですね。
ストリートビューは、あれは見せられているんじゃなくて、自分で見に行っているわけですよね。私の母親なんかは、自分で車を運転してる気になってましたから(笑)。インターネットにしても、新聞やテレビが情報を一方的に送り付けるのと違って、自分で情報を取りに行かないと始まらないわけです。また、この情報を「ゲットする」という過程で、予期しなかった情報も手に入るかもしれません。あるいは、自分から情報を発信することもできますよね。この「自分から」ということは、とても生命力を刺激することだと思います。
身体が悪くても、街を歩いている気分になれますし、旅行に行った気分になれる。ショッピングもできる。誰にも会いたくない時でも、人に会わずにコミュニケーションがとれる。
自分から動くことで、とてもワクワクできる道具だと思います。

───最後に、これからパソコンでチャレンジしたいことがあれば、お聞かせください。

自分の絵をもっと上手に見せたいですね。私、ホントに絵が下手なんですよ。後から見ると、何でこんな汚い絵しか描けないんだろうと落ち込みます(笑)。ですから手描き原稿をパソコンに取り込んで、線とか修正したいですね。少しは何とかなりそうなんで。とにかくパソコンの力を借りてでも、もっと絵が上手になりたいです。

(2011年7月)

 

撮影:岡戸雅樹

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