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| 残間 |
余震のせいで、何か始終、乗物酔いというか、 身体が揺れている感じですね。 (この取材は大震災の2週間後に行われました) |
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| 松永 |
たしかに、フラついています。 |
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| 残間 |
世の中変わるでしょうね。いろんな意味で。 |
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| 松永 |
仕事への考え方も変わると思います。 福島50ですとか、消防庁、自衛隊、アラームが鳴る中で 仕事を遂行していらっしゃるじゃないですか。 あの人たちの揺るぎない仕事ぶりに対して、 マスコミの対応があまりに陳腐に見えてしまいますね。 |
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| 残間 |
これでも関西の人に言わせると、 マスコミの報道は阪神淡路の時に較べれば 抑制が利いているらしいですよ。 前の時はあまりにもドラマ仕立てにするものだから、 現地の人は見るに耐えなかったそうです。 |
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| 松永 |
3.11以降は仕事へのスタンスというのかなあ、 そこが問われていくと思います。 |
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| 残間 |
では、近況についてお聞きしましょうか。 最近はおもちゃというか、 ゲームの世界でお仕事してるんですよね。 |
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| 松永 |
バンダイナムコゲームスで この3月まで社外取締役をやっていまして、 4月からは事業アドバイザーをやっています。 ゲームって、以前は日本が世界の 7割ぐらいを占めていたんですが、 かなりシュリンクしてしまいましたよね。 |
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| 残間 |
そこを聞きたかったんです。 今、どういう状況なんですか。 |
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| 松永 |
パッケージビジネスというのが、 ガクガクと落ちてきてます。 それは音楽でCDが売れなくなって、 ダウンロードになってきたのと同じですね。 |
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| 残間 |
私たちはCDという"モノ"に、 いろんな思いも込めていましたが、 そんなものはもうないんですよね。 |
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| 松永 |
アルバムとして買い、それを自分で編集して オリジナルのテープを作ったりね。 とにかくゲームも6,800円のパッケージを買って、 というんじゃなくて、 手軽なライトゲーム(携帯電話や ネットワーク上の対戦ゲーム)に移行してます。 さらにそこにSNSが加わって。 それこそ南場智子さんのやっている ディー・エヌ・エー(モバゲータウンの運営会社)とかが 急成長しています。 無料ゲームですね。 |
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| 残間 |
厳密に言うとタダじゃないんですけどね。 |
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| 松永 |
まあそうなんですが(笑)。 それでバンダイナムコはというと、 それまでのゲームの世界観を構築してきましたから、 SNSと無料ゲームに移行していく時に、 頭を切り替えるのがすごく難しかったんですね。 これからは戦艦じゃなくて飛行機の時代だよね、 といっても、ずっと戦艦を造ってきた体制がありましたから、 おいそれとはいかないわけです。 それでガンダムロワイヤルをモバゲーで展開したら大ヒット! 売れるスピードも収益も段違いですね。 |
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| 残間 |
でも、そんなに急激に売れていいんですか。 ガンダムというキャラクターは 大切に育てられてきたものですよね。 それが一気に売れてしまうと、飽きられるというか、 消費されてしまいそうで。 そういう懸念はないですか? |
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| 松永 |
去年ガンダム30周年で、お台場に 等身大のものを建てたら、450万人が行くわけですよね。 そういう節目の時には 子どもの頃に夢中になっていた40代が戻ってきて、 さらにその子どもの世代にバトンタッチされる。 やはり一つの世界観があり、 ストーリーがあるものは強いんですね。 自分の心をコミットさせて、 永くロイヤリティを感じてくれるんです。 |
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| 残間 |
なるほど。いいものはいいと。 |
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| 松永 |
ペットみたいに、 ずっと自分のそばにいる感じなんでしょうね。 ですからキャラクターを育てていくというのは、 上手くいっているんですが、 ゲーム、SNSというところで苦戦しています。 私がバンダイナムコゲームスでやろうとしているのは、 そこでの新しいプラットフォーム作りなんです。 |
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| 残間 |
業界の勢力図も変わってきましたか。 |
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| 松永 |
任天堂は今も強いですが、新しいハードが出ても、 ハードとソフトの売り上げ台数にあまり差がないんですね。 つまり、ひとつかふたつのソフトでしか遊んでいない。 以前だったら例えば『3DS』が出るとなったら、 どんどん対応ソフトが出て、ハードとソフトが 1対3とかいう比率になります。 さらに私たちのようなサードパーティも、どんどん 新しいソフトを開発していくという仕組みだったんですが、 それが明らかに変わってきています。 |
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| 残間 |
何時ごろからなんですかね、この変化は。10年? |
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| 松永 |
ライトゲームの会社の業績ということで言えば、 この3年ですね。ガンガンガンと急成長です。 |
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| 残間 |
たった3年ですか。 パッケージソフトを扱う会社は、 それを予測できなかったんですかね。 |
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| 松永 |
3年前というと、Wiiもプレステも売れてましたしね。 モンスターハンターも売れてました。 このまま行けるかと思ってたら、徐々に徐々に………。 そういえば今、500億円以上の利益を出す ディー・エヌ・エー社長の南場さんは、 iモードの時、一緒だったんですよ。 |
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| 残間 |
じゃあ、同志だったんですね。 |
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| 松永 |
そうです。ディーエヌエーを立ち上げた頃は ネットオークションで苦戦もありましたが、 今や飛ぶ鳥を落とす勢いの大成功! 南場さんの成功は、心から拍手したいくらい嬉しいですね。 |
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| 残間 |
南場さんって、どんな女性なんですか? |
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| 松永 |
彼女はハーバードにも留学し 「お勉強系」の人なのかなあと思っていたら、 小さい頃はラーメンやお菓子のオマケをとっておいて、 将来、それを売って商売する気でいたんですって。 可愛らしいところがあるんですよ。 もともと商売に興味があったんですね。 |
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| 残間 |
なるほどね。でも松永さんって、 本当に節目節目で面白い人に出会ってますよね。 |
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| 松永 |
出会ってますよね。本当に。 |
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| 残間 |
同じくiモード開発部隊の同志、 夏野剛さん(慶応大学特別招聘教授)もその一人ですよね。 夏野さんとはそもそも、どこで会ったのですか? |
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| 松永 |
彼は大学卒業後に東京ガスに入って、 それからアメリカでMBAを取って、 ハイパーネットという会社の副社長をやってました。 当時アメリカでインターネットの洗礼を受けて、 自分で何かやりたくなったんでしょうね。 でもハイパーネットは上手くいかず、結局、倒産しました。 夏野さんとの出会いは、 私が32歳で『就職ジャーナル』の編集長をやった時です。 夏野さんは22歳で、早稲田の学生アルバイトとして 編集部に来てたんです。 それから10年後に、私がドコモに行って、 ネットとかよくわからないんで、 ハイパーネットにいた夏野さんに声をかけたわけです。 彼はiモードの仕事にはドンピシャでしたね。 |
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(つづく) |
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