残間
石坂社長、わざわざ足をお運びいただきまして、
ありがとうございます。
今日はよろしくお願いします。
石坂
こちらこそ、よろしくお願いします。
残間
石坂さんと知り合ったのは、
友人に「ITを結婚紹介業に導入して、大成功してる
若手起業家がいる」と紹介されたのが始まりでした。
石坂
若手といっても、もう42歳なんですけどね。
(1971年生まれ)
残間
私から見たら、十分若いです!

最初は「IT」「若手」と聞いて、
何となく右から左に情報を動かして、
それでスマートにお金を稼いでる
イメージがあったんですが、
実際に会ったり会社にお邪魔してみると大違いで、
とっても細やかな気配りをなさってますね。
それから何より、しっかりした“志”を持って
仕事に取り組んでいるので、
是非ウィルビーのメンバーにもご紹介したくなりました。
石坂
ありがとうございます。
残間
石坂さんが経営している「IBJ」という会社は、
婚活事業をしているわけですが、
婚姻という制度を通すか通さないかは別にして、
やはり生涯のパートナーを求めている人というのは
年齢を問わずいると思います。
ウィルビーのメンバーには、
配偶者に先立たれた方や仕事が忙しくて独身のままの人、
シングルアゲインの人が多いので、
よく「シングルの会」をやって欲しいという声が聞かれます。
友だちでもいいんですが、それよりも圧倒的に
自分の側にいて、味方になってくれる異性って
心強いですよね。
だから反転すると、憎悪の対象にもなるんですが。
石坂
(笑)家族って、そういうものですよね。
残間
IBJが運営している『日本結婚相談所連盟』ですが、
ここの特徴はIBJ直営の結婚相談所だけでなく、
全国850以上の加盟結婚相談所が
顧客データを共有している点ですよね。
合計すると5万人近い会員がいるということで、
それだけ自分とマッチする人と出会う
可能性が高まりそうです。

しかもインターネットシステムの
インフラを提供してるだけじゃなくて、
いわゆる従来の結婚相談所のように、
自社でも一対一のカウンセリングを行っていて、
リアルとネットの良さを
組み合わせているところがいいですね。
ただ、実際に人と対峙してカウンセリングしていくのは
大変そうです。
石坂
ネットはマッチング(出会い)はできるんですけど、
交際が上手くいかなかったり、自然消滅してしまったりで、
それだけではなかなか成婚率が上がらないんですね。
しかしカウンセラーが適宜アドバイスしていくことで、
格段に成婚率は上がります。
私たちが運営している『結婚相談ラウンジ』の場合ですと、
成婚率は50%を超えています。
残間
IBJのカウンセラーの方にも実際にお会いしましたが、
皆さんセンスがいいですよね。
人の気持ちの機微をわかっているというか。
元キャビン・アテンダントの方がいたり、
経験が豊富だと感じました。

カウンセラーのセンスというのはすごく大事なことで、
こう言ってはなんですが、結婚相談所というと、
かつては手当たり次第にくっつけたがる、
「仲人オバサン」的な負のイメージがありましたよね。
そこを軽々とクリアしてるところが新しく感じます。
この手のサービスにありがちな、入会していることへの
心理的負担も少ないんじゃないでしょうか。
要するに「怪しくない」。
石坂
(笑)ありがとうございます。おかげさまで、
口コミでの入会がとても多いです。
うちのサービスを利用した友人やお知り合いに
勧められてという形ですね。
残間
信頼されている証拠だと思います。
残間
では、まずIBJ創業にいたるまでの
お話をお聞きしたいと思います。
東京大学を出て、最初は日本興業銀行に
お勤めになったんですよね?
石坂
私は下町の商人の家に生まれまして、
父親には「大学なんて行かなくていいよ、
家業を継げばいいから」と言われて育ちました。
残間
ご実家はなんのご商売を?
石坂
今は不動産屋をやってますけど、元々は
柘植材などを扱う卸問屋で、古そうな屋号がありました。
父親は進学に興味がなかったですが、
母親にいいように踊らされて勉強しまして(笑)、
周りの支えもあって大学に入ることができたわけです。
残間
東京大学の経済学部ですよね。
入学が決まってもお父様は興味なしですか?
石坂
(笑)ちょっとは喜んでました。
残間
日本興業銀行に就職したのは?
石坂
まあ大きい話になりますが、
高校ぐらいから天下国家に関わる仕事がしたいとか、
国益に貢献する仕事をするべきだ、
という考えがあったんですね。
ですから金融という業種で選んだのではなくて、
そういう天下国家のためという気概に溢れていた、
日本興業銀行を最初の職場に選びました。
残間
そういえば興銀というのは、
国家のお財布みたいな存在でしたね。
石坂
それで興銀でずっと勤め上げようと思ってたんですけど、
99年に興銀はみずほ銀行と合併するという話が出て、
世間を見渡すとITの波というのが押し寄せていました。
ソフトバンクや楽天みたいな会社がどんどん伸びてきた。
すると、そういう世界を見てみるのもいいかと。
中山素平(銀行家、60年代の興銀頭取)も
尊敬してたんですが、
孫正義にも興味が出てきまして(笑)。
残間
なるほど。それで、興銀は幾つで辞めたんですか。
石坂
28歳です。
会社を辞めてすぐ感じたのは、
自分がそれまでいかに会社に守られてたか、
良い環境にいたかということですね。
で、いろんな会社の事業支援をしながら、
起業の機会を伺っていたわけです。
辞めて半年ぐらいで、この婚活事業をやろうと決めました。
残間
その半年間は何を?
石坂
銀行員というのは、事業とか経営とは、
実は近いようで遠いというのはわかってましたので、
ベンチャー企業の社長の手伝いをやりました。
売り上げを立てるにはどうしたらいいかとか、
インターネットによる集客や構築を
学びながら実践してました。
残間
そこで事業を運営する勘を養ったわけですね。
石坂
たとえば古本屋さんのEコマース作りを
お手伝いさせてもらったことがあります。
それでEコマースというのは
現場と連携しなくちゃいけないので、
まず倉庫の掃除から始めましたね。
整理整頓ができてないと
在庫データをウェブに上げられないので。

ですからシステムやネットを勉強するというより、
インターネットを活用して事業化する、
ノウハウを学べたのが良かったと思います。
石坂
そこで確信したのは、これから起業するなら、
情報に課金する形でないと、小さく生んで
大きく育てることはできないということですね。
それから自分には、大きなマーケットよりも
ニッチなマーケットでナンバーワンを狙う方が
向いていると感じました。
あとは自分が好きで楽しめないと続かないということ。

もちろんお金を稼いで生活することも大事なんですが、
昔から自分が思っていた、社会に貢献する実感とか、
国益になっているということを重要視しました。
たとえ最初は難しくても、そんな手応えをいずれは
実現できる可能性があること。

起業するにあたっては、そこをすごく意識していました。
そうじゃなかったら、起業して社長になっても
しょうがないわけで、普通のサラリーマンでも
良い仕事をしてる人はいるし、
自分も興銀時代にそういう実感はありましたから。
残間
石坂さんの前の世代の若い起業家というのは、
起業する喜びが「お金がたくさん手に入ること」
だけという時代があって、
中には牢屋まで行った人もいましたけど、
そことはちょっと違いますね。
石坂
私はその辺の世代との狭間なんですが、
やっぱり最初に入った興銀ですとか、
高校・大学で出会った人との経緯が
大きかったと思います。

それでいろいろ調べているうちに、
結婚相手の紹介という世界があることに気づいたんです。
そういえば、本屋さんでチラシを見たことがあるなと。
結婚相談所という看板もたまに見る。
残間
でも自分には遠い世界だったでしょ。
特に“結婚相談所”の既存の概念とは。
石坂
確かに遠かったです。
残間
探偵事務所と同じくらい遠いですよね。
石坂
(笑)はい。
結婚相談所に目をつけたのは、
やっぱり先ほど申し上げた、
情報に課金できるビジネスであるということと、
小さくスタートできるということですね。
あとは将来的には世の中に貢献できること。
これらを全てクリアしてることでピンと来たんです。

実際にこの業界を調べてみると、
それほどイノベーティブな感じではなくて、
旧態依然としていたというか。
実際、この仕事というのは鎌倉時代からあったみたいで。
残間
そうなんですか?
それは親戚のおばさんが縁談を持ってくるんじゃなくて、
仕事として?
石坂
武士の世の中になって貴族が没落した時、
貴族の子女を武士に紹介していた人が
いたみたいなんです。
残間
手数料をもらって?
石坂
ええ、そうらしいです。時代が悪くなると、
生活防衛型の結婚が増えるらしくて。

結婚の概念というのは時代によって
変わっていくんですが、
傾向として見られるのが、不況になると
結婚相談業が流行るというのがあります。
私なんかもバブルが終わった後の不況世代なので、
それはいいなと思いましたね。
株式や不動産の相場にも左右されない。
2000年に会社を始めて13年経ちますが、
リーマンショックだとか震災とか、
あまり影響を受けないんですね。
自分の工夫や企画、やり方で、いくらでも実現できる。
これはスタート時から感じてました。
それから、何よりインターネットと相性が良かったです。
残間
でも結婚相手を探すサービスをネットでやろうと思った時、
そういう動きはもうあったんじゃないですか?
石坂
はい、いわゆる“出会い系サイト”という
掲示板のようなものはたくさんありました。
残間
はっきり結婚をうたったものはなかった?
石坂
そうですね。出会い系サイトの比較的良心的なところと、
そうでないところがあったくらいで。
なぜ私たちが“日本初のインターネット結婚情報サービス”
と打ち出せたかというと、会員の本人確認を
全員から必ず取って、電話とメールでですが、
きちんとカスタマーサポートをして差し上げる。
そこを整えたのが、当時としては画期的だったんですね。

課金の仕方も、もちろん収益を安定させるという
目的もあったんですが、月額課金にこだわりました。
それはお金をいただくことで、
きちんとサービスを提供するという流れにしたかったのと、
結婚に本気度の高い人を集めない限り
活性化しないと思ったんですね。
それを最初のスタートでしたことが
良かったんだと思います。
残間
スタート時はどういう陣容だったんですか。
石坂
最初はインターネットのシステムやデザインを
外注で頼んで、スタッフはアルバイトさんだけでしたね。
3人ぐらい。
残間
社員はあなただけ?
石坂
私だけです。それで黒字化が見えてきたところで、
私の中高の後輩で、今役員をやっている
土谷というのを半分だまして(笑)連れてきました。
残間
晩婚化が進み、少子化は今や国家的な課題なんですが、
結婚って極めて個人的なことと処理されがちですよね。
それを幼き頃から考えてた“社会貢献”として
捉えたというのが、他所との違いですね。
社会のために男女の縁をつなごうなんて、
なかなか考えないですよ。
その視点が旧来の結婚情報サービスとは異なる
細やかさを生んでいったんだと思います。
石坂
でも私は飽きっぽいので、そう思わないと
お金儲けだけでは続かなかったと思います。
若い時に何をするのか? 大学に行って何をするのか?
それは即ち志を立てることだと、
高校の先生や予備校の先生に、
繰り返し繰り返し言われて、
当たり前だと思ってたんですね。

(つづく)